7アクト物語

プロローグ

皆さんこんにちは。株式会社7アクトの社長の萩原理恵です。今、現在の7アクトのオフィスを見ながら、記憶の中の創業当初のオフィスと比較すると何か奇跡を見ているようです。

当時のトーマス理恵

OL時代のトーマス理恵

7 アクトは最初、家賃7万円のアパートの一室だったのです。しかも日の当たらない台所にパソコンを二台並べて強引にオフィスにしていました。スタッフは私を含めて3人。当時は一人のスタッフが講師の面接から生徒さんへの案内、入会後のデータ入力やそのほか事務作業までの全てをこなしていました。

それが、現在では新宿から徒歩3分のビルのワンフロアを借り切り、照明も明るく、内装も特別にデザインされたものです。東京のほかに関西にも拠点を持ち、総勢40人ほどのスタッフがそれぞれの業務分野で働いています。売上は3億円を越え、法人形態も有限会社から株式会社に出世しました。たった5年でゼロからここまで成長したのです。

こんなふうに話すと、夢のような素敵なシンデレラストーリーがあるのだろうと思われてしまいますね。

 とんでもありません!毎日新しい問題との格闘でした。平穏だったことは一時もなく、常に新しい課題が現れて私たちに成長しろ!と迫ってきたのです。もちろん、設立当初から「理念」によって向かう方向はきまっていましたが、いつも予想外の出来事に必死で対応していたのです。

 そして振り返ると不思議と7アクトにヒーロー&ヒロインが現れました。「さあ出番です」とばかりに彼らに活躍の場が与えられるのです。ここにあるのは、テレビで流されるようなひとりの女性起業家の成功物語ではありません。たくさんのスタッフの物語なのです。そして、元生徒たちが、理想の英会話スクールを目指し作り上げてきた物語です。

第1話 – 私は全く英会話ができませんでした。  

まず、私が英会話スクールを作ろうとしたきっかけをお話しましょう。

私はディスプレイの仕事をしていたとき、海外のデザイナーやフラワーアレンジメントのアーティストと一緒に作業をする機会がありました。当時私は全く英会話ができませんでした。そこで海外の方とコミュニケーションを取るために英会話スクールに通い始めました。だんだんと上達していくのが楽しく、すっかり英会話の魅力にとりつかれてしまいました。本格的に英語を勉強する為に会社を退社。98年にはカナダのトロントに留学したのでした。私は昔からこれだと思ったことはすぐに行動に移す性格です。他人からみれば時々無謀と思えるようです。私は自分を普通の人だと思っていますが。  

カナダから帰国し、苦労して身に付けた英語力を維持したいと考えた私は、日本国内の英会話スクールを探し歩きました。ところがなかなか納得のいくスクールを見つけることができません。経験した方ならお分かりいただけると思いますが、中級者以上は英会話スクールで英語を習おうとすると不便な面が沢山出てきます。結局ある大手スクールに入学したのですが、テキストが自分のレベルに合わなかったり、英会話ができるからと講師のアシスタントになってしまうこともありました。また、ある程度会話ができるとグループレッスンではレベルの違いから他の生徒と合わなく感じます。

一番最初に作ったウェブサイト

一番最初に作ったウェブサイト

そんなあるとき、インターネットで英会話スクールに関する情報を探し回っていると【英会話スクールについて語る】というウェブサイトをみつけたのです。そこで他の訪問者たちと理想のスクールについて思いをぶつけ合いました。

「コースが先にあるのではなく、生徒一人一人に合わせたカリキュラムがあるといい」
「生徒の声を反映して改善できるシステムがないとダメだ」
「教室にお金を掛けすぎている」

「膨大な広告費が受講料を圧迫している」
「グループレッスンではなくて一対一のマンツーマンレッスンが一番いい」
 このような理想の英会話スクールについての論議を掲示板やメールのやり取りで交わしました。

議論はとても盛り上がり、「だったら理想の英会話スクールが無いのなら、自分達で創ったほうが早いんじゃない?」という話になりました。思い立ったらすぐ行動の私は【生徒の手で作る理想の英会話スクール】というサイトを作り、設立の準備に入りました。
そうは言ったものの、すぐに大きな問題が立ちふさがったのでした。

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