オープンして最初のお客様は、私のような英会話スクールオタクでした。「色んなスクールを渡り歩いて何百万円も払っているのに結局英会話が上達しない、で最後に来たのがここです」というような方でした。低価格なマンツーマンレッスンはもっと上達したいと考える中級者以上の人には最高の環境でした。そのお客様がインターネットで「7アクトはいいぞ」という口コミを流してくれたんですね。

いろいろなスクールや学習方法を試されて来た方たちの言うことだったのでかなり説得力があったようで、すぐに応募数が増えだしました。続けてマスコミにも取り上げられ、「英会話業界の革命児」のように扱われて派手に記事にしていただいたんです。おかげで異常な人気になってしまい、一ヶ月に二回の申し込みは、開始わずか3分で定員いっぱいになってしまうほどでした。

あまりに人気が高まりすぎるとかえって逆効果になることを学びました。ネット上では「7アクトは入会できない」という不満が見られるようになったのです。お客さんはいっぱいいるのに、講師とスタッフが足りないのです。嬉しい悲鳴とはこのことです。

募集の開始時にはあまりに一気に集中するので、メールのプログラムが処理しきれないくらいでした。このときには、真剣にどうやったら申し込みを分散して減らせるかを考えました。申し込み受付を深夜0時にもしてみましたが、それでも結果は同じでした。

さて、年が明けてスタッフが増えて、家賃7万円のアパートはスタッフがオフィスに入れないほど手狭になりました。そこで、オフィスを池袋の3LDKのマンションに移すことにしました。池袋ではスタッフは総勢10名ほどになりました。それでも需要に追いつかず、お客様の要望に応えるためにスタッフを増やしました。

その年の最初の決算で黒字を達成。ビジネスはあっという間に軌道に乗ったのでした。とくに喜びはありませんでした。利益を出そうとしていたというよりも、目の前で列を作って待っていただいているお客様に夢中で講師を紹介していただけ、というのが本当のところだったのです。

そして、翌年の2度目の決算でも黒字になりました。「売上もずいぶん増えたね、去年はいくらだっけ?」と資料を見返すとなんと前年と比べて238%の成長を遂げていました。世間の会社の70%が赤字という不況の真っ只中でしたから、これが異常な数字だということくらいは感じました。新聞の記者に話すとすぐに記事になりました。

3期目に入って、7アクト関西がオープン。関西でもマンツーマンレッスンのサービスが受けられるようになりました。「うちの地方ではいつから始まりますか?」と全国から寄せられていた声にやっと関西だけですが、応えられました。

それから、池袋が手狭になったので、現在の新宿オフィスへと移りました。ビルの二階の広いワンフロアです。アパートの一室からマンションの一室に、そしてビルのワンフロアへと一段ずつステップアップしたわけです。

面白いことに器が広がると、スタッフも増えました。この頃には講師も登録講師数が1000人を越え十分なやっと生徒さんの要望に応えられる体制が整いました。

それでも、毎月 募集制限はしなければなりませんでしたが、「待ってもなかなか入れないスクール」から「少し待てば入れるスクール」になったのです。

全てが順風満帆でしばらくこのまま順調に進むかに思えたのですが、実はこの3期目に7アクトが始まって以来、最大の変化が訪れようとしていたのです。

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